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東京高等裁判所 昭和51年(行コ)43号 判決 1978年9月05日

控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 河本仁之

木下良平

被控訴人 国税庁長官 磯邊律男

右訴訟代理人弁護士 関根達夫

右指定代理人 野崎悦宏

<ほか五名>

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和四八年五月七日附で控訴人に対し官総六―五五をもってした税理士懲戒処分はこれを取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の関係は、左記のとおり附加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(控訴人の陳述)

控訴人は、既設事務所と増設事務所において、数百名にのぼる関与先を有しているので、そのぼう大な事務を処理してゆくためには、各従業員(両事務所併わせて三十数名)に業務を分担させるよりほかなく、しかも、乙山一郎、丙川二郎の両名は、いずれも、勤続二十余年に及ぶ実務経験豊富な練達堪能の士であったのであるから、増設事務所の業務はこれらの者に一任し、自らは、全体の業務を統括し、枢要な事項について随時指導をしたり指示を与えるにとどまっていたからといって、控訴人の従業員に対する指導、監督の怠慢を論難されることは、不能を強いるものというべきである。

また、控訴人が関与先から納付方を委託された本件源泉所得税の未納は、もともと右乙山、丙川の錯誤に基づいて生じたいわば徴収法上の問題にすぎず、しかも、その未納の事実が判明するや、速かに、控訴人において完納したのであるから、そのことをもって控訴人に対する懲戒処分の事由とすることは、失当というべきである。

(証拠関係)《省略》

理由

控訴人は、税理士であり、昭和二八年一二月から昭和四四年三月三一日までの間、伊勢崎市に増設事務所を設け、税理士資格を有しない乙山一郎、丙川二郎の両名をして同事務所の業務に当たらせていたところ、昭和四八年五月七日附で、被控訴人によって、「右乙山が、昭和四一年一月ころから同年一二月ころまでの間、関与先の有限会社A商店外五二名より税理士報酬に係る源泉所得税(以下、単に「源泉所得税」という。)の納付方を委託された合計二五万八、一〇五円を納付しないで増設事務所の費用等に流用し、また、右丙川が、昭和四二年一月ころから昭和四四年三月ころまでの間、関与先の有限会社A商店外九六名より源泉所得税の納付方を委託された合計一四九万三、一四三円を納付しないで増設事務所の費用等に流用し、このことが、いずれも、控訴人の重大な監督不行届によるもので、税理士法三七条にいう税理士の信用又は品位を害するような行為に該当する。」という理由で、官総六―五五をもって、控訴人に対し二か月間税理士業務を停止する旨の懲戒処分が行なわれたこと、また、右懲戒理由として挙示された事実のうち、源泉所得税を増設事務所の費用等に流用した点を除くその余の事実は、いずれも、当事者間に争いがない。

そこで、以下、本件懲戒処分に控訴人主張のような違法事由があるかどうかについて判断することとする。

(一)  まず、控訴人は、源泉所得税納付の受託は、税理士業務たる税務代理に該当しないから、委託された源泉所得税を納付しないことをもって懲戒事由とすることは許されない旨、主張する。

しかし、源泉所得税納付の受託が税理士法二条一号所定の税務代理に該当するかどうかを論究するまでもなく、少なくとも、それが税理士業務に密接する行為であることは明らかであるから、税理士又はその補助者が関与先から源泉所得税の納付方を委託された金銭を納付しないということは、同法三七条所定の税理士の信用又は品位を害するような行為に該当すること疑いを容れないところである。それ故、これが懲戒事由に当らないとする控訴人の右主張は、採用の限りでない。

(二)  次に、控訴人は、本件源泉所得税の未納は、増設事務所の業務を分担させていた乙山一郎、丙川二郎の両名の錯誤に起因するものであって、控訴人にとっては、右両名に対する指導監督の域を超え、不可抗力的に発生したものであるから、懲戒事由とはなり得ない、と主張する。

おもうに、法が、他人の求めに応じ、租税に関する申告、申請、不服申立て、還付の請求等(但し、訴訟を除く。)について代理をし、税務官公署に提出する書類を作成し、また、右代理事項につき相談に応ずることをもって税理士の業務となし(税理士法二条参照)、所定の資格を有する税理士のみがこれを取り扱うことができること(同法三条、五二条、五九条参照。)としているのは、かかる業務が、その性質上、税租法に関する相当の知識、経験を必要とするとともに、依頼者たる納税義務者の納税義務を適正に実施して納税に関する道義を昂揚せんとする趣旨に出たものである。したがって、税理士業務は、資格を有する税理士本人が個人の責任において行なうべきものであり、補助者を使用する場合、その補助者は、当該税理士の単なる手足にすぎず、自らの判断と責任において税理士業務の一部を分掌するがごときことは許されず、補助者が税理士の命を受けて処理した税理士業務についての責任は、すべて、当該税理士本人が負担すべきものであるといわなければならない。このことは、また、税理士法四〇条二項が、税理士の業務遂行の本拠を限定することによって、その責任関係を明確にするとともに、税理士が個人の監督能力を超えて活動範囲を拡大し、その結果、無資格者によって業務が行なわれるような事態の発生を防止せんがため、税理士の税理士業務を行なうための事務所の設置を原則として一か所に制限していることに徴しても、明らかである。

しかして、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。すなわち、控訴人は、週一回程度増設事務所に赴き、包括的に業務の報告を受け、枢要な事務の処理について指導をしたり指示を与えたりするほか、税務署へ提出する書類に目を通したり、関与先の税務調査に立ち合うこともあり、また、増設事務所の方から随時電話で連絡してきたり、指示を受けに控訴人の許に出向いて来ることもあったが、増設事務所が独立採算制をとっていたことから、同事務所における税理士報酬の決定、取立て、使用人に関する人事管理等の業務は、乙山一郎が責任者という形で同人に一任され、殊に、金銭の出納管理については、昭和四一年までは右乙山及び次長格の丙川二郎に、昭和四二年以降は右丙川に委ねられ、控訴人は、事後報告を受けるにとどまっていたこと、したがって、控訴人は、現金出納簿を確認する程度で、他の会計諸帳簿の検査はほとんどしておらず、関与先から受領する税理士報酬の出納管理や関与先から委託された源泉所得税の納付に関する事務は、専ら、女子従業員に任され、昭和四一年七、八月ころまでは各関与先別の預り金台帳が記載されていたが、その後はかかる記帳さえなされずに放置され、源泉所得税の受託・納付の状況は、全然把握されていなかったこと、しかるに、右丙川らは、源泉所得税はすべて納付されているものと軽信し、控訴人に対しても源泉所得税の未納はない旨報告し、控訴人も、右報告をそのまま信用していたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、控訴人の増設事務所における源泉所得税に関する出納管理は極めてずさんであって、昭和四一年七、八月以降関与先別の受託、納付の詳細が全く不明であったにもかかわらず、控訴人は、自ら点検して適切な指導監督をした事績のないこと明らかである。およそ、税理士が増設事務所を設けて無資格の補助者を使用する場合、特に、納付方を委託された税金の出納管理には遺漏のないよう格別の注意をするのが当然であるにもかかわらず、控訴人が、ただ、前叙のごとく、乙山、丙川の報告を漫然と信用するのみで、その実態の把握に努力してこれに対する適切な措置をとらなかったことは、職務怠慢であって、監督責任を問われてもやむを得ない、といわなければならない。

仮りに、控訴人が、その主張のごとく、既設事務所と増設事務所において、三十数名の従業員を擁し、関与先数百名にのぼる税理士業務を統括する立場にあり、また前記乙山、丙川の両名が、いずれも、勤続二十余年に及ぶ実務経験豊富な練達堪能の士であり、控訴人としては同人らの事務処理に対して全幅の信頼をおいていたとしても、かかる事実は、税理士業務の前叙のごとき特性に鑑み、責任阻却の適法な事由とはなり得ないというべきである。しかも、かくいったからといって、関与先から納付を委託された源泉所得税については、各関与先別の預り金台帳の記載を励行させるとか、総勘定元帳の預金勘定を確認するとか、或いは、伝票を無作為に抽出してこれを関係帳簿と照合する等の方法によって、少なくとも、それが各関与先毎に管理され、法定期限までに納付されているかどうかを容易に把握することができることに思いを致せば、控訴人主張のごとき情況のもとにおいても、控訴人の監督責任を論難することは、断じて、控訴人に難きを強いるものではないというべきである。

なおまた、本件源泉所得税未納の原因が、控訴人主張のごとく、前記乙山、丙川の両名において、納付の委託を受けた源泉所得税をその都度納付しなくても、過誤納付の還付に際し、未納金が還付金額より控除されるという、いわゆる還付相殺(かかる相殺のあり得ないことは、原判決説示のとおりである。)の行なわれるものと誤信したことにあるとしてもかかる事情は、右認定を妨げる資料とはなり得ない。

(三)  さらに、控訴人は、本件源泉所得税の未納が発生し、しかも、それが数年間にわたったのは、所轄伊勢崎税務署長の職務怠慢が主な原因の一つをなしているのであるから、控訴人側の責任のみを問うことは失当である、と主張する。

しかし、源泉所得税は、報酬、給与等の支払者がその支払いの都度これを徴収して翌月一〇日までに国に納付しなければならないこと(所得税法二〇四条参照。)いうまでもないのである。もっとも、税務行政の実務においては、税務署長が源泉所得税の納付を的確に管理するため、管内の支払者毎に源泉所得税調査簿を作成し、未納の疑いがある支払者に対し、年二回程度の照会をする扱いがなされているとしても、かかる調査簿の作成や支払者に対する照会は、あくまでも、税務行政の便宜のためにとられている措置にすぎず、このような照会の有無にかかわらず、報酬等の支払者又は支払者から納付を委託された者は、自ら進んで源泉所得税の納付をなすべきであり、それをしない以上、自己の責任を免がれ得ないこというまでもない。したがって、仮りに、控訴人主張のごとく、所轄伊勢崎税務署長が控訴人の関与先から委託された源泉所得税未納の状況を把握しておらず、また、控訴人の関与先に対して右の照会をしなかったとしても、本件源泉所得税の未納が税務署長の職務怠慢に起因するといえないのはもとより、未納金額が増大したことの責任を税務署長に転嫁し得ないことも、疑いを容れないところである。それ故、控訴人の右主張もまた、理由がない。

(四)  最後に、控訴人は、本件処分は、他の同種事案に関する処分と著しく権衡を失した過酷な処分であり、しかも、所轄伊勢崎税務署長等の私怨に基づくものであって、懲戒権の濫用である、と主張する。

おもうに、税理士が税理士の信用又は品位を害するような行為をしたとき、被控訴人が当該税理士に対して(イ)戒告(ロ)一年以内の業務停止(ハ)業務禁止なる懲戒処分を行なうことができることは明らかである(税理士法四六条、三七条、四四条参照)。

ところで、税理士につき懲戒事由がある場合において、被控訴人が懲戒処分を行なうかどうか、また、懲戒処分のうちいずれの処分をいかなる程度に選ぶべきかは、その判断が、懲戒事由に該当すると認められる行為の性質、態様、効果、等のほか、当該税理士の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の税理士及び社会に与える影響等諸般の事情を総合的に勘案してなされるべきものである以上、平素から税理士に対して指導監督の衝に当たっている被控訴人の裁量に任されるのでなければ、到底、適切な結果を期待することができないものといわなければならない。それ故、税理士につき法律に定められた懲戒事由がある場合、懲戒処分を行うかどうか、また、いずれの処分をいかなる程度に選ぶべきかは、被控訴人の裁量に任されているものと解すべきである。もとより、右の裁量が恣意にわたることの許されないのはいうまでもないが、一旦、被控訴人がかかる裁量権を行使して行なった以上、当該処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の付与された目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、適正な裁量権の行使の範囲内にあるものとして、違法とはならないものというべきである。したがって、裁判所が被控訴人の裁量によって行なった懲戒処分の適否を審査するに当っては、被控訴人と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいずれの処分をいかなる程度に選択すべきであったかという点についてまで審理、判断し、その結果と対比して処分の適否を決すべきではなく、単に、それが社会観念上著しく妥当を欠くものであるかどうかということについてのみ審理、判断し、妥当を欠くと認められる場合に限り、違法と断定し得るにすぎないのである。

いま、本件についてこれをみるのに、各関与先が控訴人に対して本件源泉所得税の納付方を委託したのは、控訴人が法定の資格を有する税理士であるという点を信頼したことによるのは、みやすいところである。しかるに、控訴人の前叙のごとき監督不行届のため、乙山一郎、丙川二郎の両名が右委託の趣旨を履行しなかったことにより、各関与先は、その信頼が裏切られたばかりでなく、未納源泉所得税の本税はもとより、行政罰としての不納付加算税、さらには、延帯税の納付義務まで負担せざるを得ない立場に立たされることとなるのである。それ故、本件源泉所得税の未納付なる行為は、単なる国税徴収法上の問題たるにとどまることなく、まさに、税理士の信用を失墜し品位を害する行為であるといわなければならない。しかも、前叙のごとく、その関与先約一〇〇名、未納期間三年余、未納金額一七〇万円余にのぼっていることからみて、その違法性は、看過し難いものであるというべきである。もっとも、右金員は、未納の事実が判明した後昭和四五年二月三〇日控訴人によって完納されたこと、《証拠省略》によって明らかであるが、それまでの間、横領等の犯罪を疑わしめる証拠がないとはいえ、独立採算制をとる増設事務所の人件費等に流用されていたことは、動かし難い事実である。また、控訴人の強弁するごとく、たとえ、本件源泉所得税未納の原因が前記乙山、丙川の両名においていわゆる過付相殺の行なわれるものと誤信したことにあるとしても、かかる法律の錯誤は、控訴人の責任を軽減せしめる事由となり得ないこというまでもない。しかも、前叙認定事実のほか、《証拠省略》によって認められる次の事実、すなわち、控訴人は、昭和三七年三月増設事務所における税理士業務の指導監督に欠けるところがあったということで、爾今税理士法に牴触するような行為はしない旨の誓約書を伊勢崎税務署長宛に提出していることをも考慮すれば、本件源泉所得税の未納付が控訴人の故意又は悪意に出たものではなく、また、《証拠省略》により認められるごとく、控訴人は、二十数年間にわたって税理士としての実績を挙げ、その間、税理士会の理事、部会長等の要職につき、税務署長や税理士会長等から度々表彰を受けたことを勘案しても、また、仮りに、控訴人主張のごとく、当時の伊勢崎税務署長や担当調査官清野和夫と控訴人との間に感情的な対立があり、そのことが何らかの意味において本件処分に影響を与えていることを否定し得ないとしても、なお、本件処分が社会観念上著しく妥当を欠き、被控訴人に与えられた裁量権の範囲を逸脱した違法のものということは許されない。

以上の説示理由によって明らかなごとく、本件処分には控訴人主張のごとき取り消すべき瑕疵はないものというべきである。

よって、本件処分の取り消しを求める控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 浅香恒久 中田昭孝)

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